• コラム

2019.09.17

フランク・ロイド・ライトってどんな人?

アリアンスは日本で唯一F・L・ライト財団に認定されている (株)オーガニックハウスに加盟しています。

フランク・ロイド・ライトは、アメリカの建築家であり、ル・コルビュジェ、ミース・ファン・デル・ローエとともに近代建築の三大巨匠の一人として数えられる、世界で最も著名な建築家の一人です。
終生一貫して、より豊かな人間性の保証に寄与する建築、つまり「有機的建築」の理想を追求し続け、生涯に1191にものぼる作品を遺し、その内の460作品が実現されました。

彼が生涯をかけて唱え続けた『有機的建築』は、現代もなおその輝きを増して、我々の心に訴えかけるものであり、無機質になりがちな現代において、より人間的な豊かさを提供してくれる建築思想ではないでしょうか。

アリアンスは、長年ライトと同じような思想で建築について向き合ってきました。そのため2018年に、日本で唯一F・L・ライト財団に認定されている (株)オーガニックハウスに加盟し、今までよりさらにライトの思想を組み込んだ家づくりに力を入れています。

日本の作品

母国アメリカ以外で唯一彼の作品が現存する日本には彼の建築に心酔する数々の才能が生まれ、帝国ホテルの建築にチーフアシスタントとして従事した遠藤新や、その子である遠藤楽など正統の系譜を連ねています。 また、帝国ホテルの製図担当として来日したアントニン・レイモンドはそのまま日本で独立、建築事務所を主宰し、日本建築を牽引する優れた弟子たちを育てるとともに、モダニズム建築を世界に発信しています。
そして、今もフランク・ロイド・ライトの弟子たちが暮らし、学ぶ建築スクール「タリアセン」、「タリアセン・ウエスト」は世界中からの来訪者がひきもきらず、日本からの学生も後を絶ちません。 「自然と建築との融合」を提唱したフランク・ロイド・ライトの思想は今なお、次の世代へと引き継がれ、世界に愛され続けているのです。

帝国ホテル(引用元

自由学園明日館(引用元

ヨドコウ迎賓館(引用元

海外の作品(第1期黄金時代)

アドラー=サリヴァン事務所から独立後、最初の仕事がウィンズロー邸でした。その後の建築と比べると保守的ながら、その大きな深い軒・緩勾配の屋根・シンプルな優雅さは近隣の耳目を大いに集めました。
ウィンズロー邸に始まり、ライトの初期の代表作であるハートレー邸やロビー邸にも見られる自然と融合して一体となるように地を這うような低い安定したデザインや、低く抑えられた屋根や幕板・連窓による水平線を強調したデザイン、部屋同士を緩やかに繋ぐ空間の連続性などは、「プレーリースタイル(草原様式)」と呼ばれるようになります。ヨーロッパの建築様式の模倣であり、荘重さや崇高美を重用する権威主義が全盛であった当時のアメリカにおいて、プレイリースタイルの作品によりアメリカの郊外住宅に新しい建築スタイルを打ち出し、一躍建築家としての評価を受けたライトは、その後もラーキンビルやユニティテンプルなど住宅設計以外の分野でも名声を高めていくこととなります。

ウィンズロウ邸(引用元

ハートレー邸(引用元

ロビー邸(引用元

海外の作品(第2期黄金時代)

1930年代に入ると、ライトは再び輝き始めます。
タリアセンフェロシップとともに、1934年ブロードエーカー・シティー構想を立ち上げました。
ブロードエーカー・シティーには、都市の集中をさけてその機能を田園に融合させ、大地に密着した生活をするという民主主義に対する考え方が表されています。ライトは、ブロードエーカーにおいてアメリカの同時代の最良の思想と最良の社会活動と信じたものに建築と都市の形態を与えようとしていました。
ライトはその後半生、自分の建築を「民主主義のための建築」と呼び、施主と一緒にブロードエーカーシティーを作り続けていたと言えるのかもしれません。
また、1936年にはペンシルバニア州に彼の最大の代表作となる「落水荘」を建築します。片持ち梁によって滝の上に大胆に張り出されたバルコニーが特徴の建物で、自然との完璧な調和を図るというライトの考えを具現化した建築物です。この落水荘の発表により、ライトは長い不遇の時代に終止符を打ち、第二の黄金期を迎えることとなります。

落水荘以降のライトの住宅設計は、第一黄金期の「プレーリースタイル」と区別して「ユーソニアン住宅」と総称されますが、その中でも新しい手法によって造った中産階級向け価格のコンパクトで魅力に満ちた小住宅は「ユーソニアンハウス」と名づけられています。
戦後も精力的に創作活動を続け、1959年4月9日、アリゾナ州フェニックスにて最期を迎えるまでの間、グッゲンハイム美術館やユニテリアン教会といった後世に残る著名な作品を世に問い続けました。

 

落水荘(引用元

グッゲンハイム美術館(引用元

ユニテリアン協会(引用元